病衣に着替えたら、急に病人になった。
手術の説明などの話を聞いた後、病棟内を巡ってみた。
設備の整っている大きな病院だ。
ふと、気がついた。設備を見ながらとはいえ、随分ゆっくり歩いている自分に。
学校の廊下を歩くスピードとは、かなり違う。もう立派な病人だ。
いよいよ明日は、手術。しかも、全身麻酔。
こんなこと初めてだ。どういう展開になるのだろうか・・・。
ものすごく心配だ。
21:00 睡眠薬と胃の薬を渡され、飲んだ。
21:30 就寝。
9:00 点滴(手術前用のものを右腕に。)左腕に痛みを和らげるテープを貼る。
(左腕に手術中の点滴の針が刺さるらしい。この針が太くて痛いらしい。)
10:00 耳鼻科外来で診察。いつも表情を変えないM先生。この先生が執刀医だ。
「よろしくお願いします。」と言ったら、「ハイ」と言って私の右肩を軽くトントンとたたいた。
11:30 薬投与。
13:00 ベッドに寝たまま、病室を出て、手術室のある3階へ。
ここで、付き添っていた夫と姉と別れる。「じゃ、」「がんばれよ!」 ドラマで見たシーンだ。
カーテンがひかれ、2人の看護師さんに着替えさせられた。
すぐ横のガラスの壁がガァーと開いた。別の2人の手術着を着た看護師さんに名前を聞かれた。
ベッドから別のストレッチャーに移った。2人と2人が引継ぎをしていた。
私を乗せたストレッチャーは、随分奥まった手術室へと入っていった。
広くて、機器類がたくさんあり、スタッフがあわただしく動いていた。
ストレッチャーは手術台に横付けされ、いよいよ手術台に移された。まな板の上の鯉の気分・・・。
また名前を聞かれた。さっきも言ったし、名前の腕輪もしているのに。
手術用のライトをついに見た。ライトがいっぱいついていて、円盤形になっているのが2つ見えた。ドラマと同じだ。
スタッフの声が聞こえる。
「血圧計をつけますよ。」「テープはがします。」「これから眠くなる点滴しますよ。」
「口にマスクをあてがいます。」「だんだん眠くなりますからね。」
「眠くなりましたか?」
私は、こう応えた。「眠くありません。」だって、聞かれた時は、眠くなかったのだ。
でも、言い終えた瞬間に、私の中のスイッチが切れた。
ところが、私はすぐに目が覚めた。手術室にいた。なんだ、まだ手術をしていないのか・・・。
頭の上の方から声が聞こえた。「汗かいてるな。」「汗かいているから、よくふいて、テープでしっかり固定して。」
なんと、手術は終わっていた。すでに2時間が経過していたのだ。
吐き気がした。手術室で吐いた。逆のルートで病室へ向かった。
ストレッチャーのスピードが速くて、気持ち悪くてまた吐きそうになった。
15:30 病室へ戻る。
首が固定されているため、身動きできない。左側には、点滴の薬びんが2つぶら下がっている。
口には酸素マスク。この光景は、重病人そのものだ。
夫と姉と娘の姿を確認できた。意識はしっかりある。話そうとしたが、のどが痛くて思うように話せなかった。
夜、姉が病室に泊まってくれた。結局、この日の夜は、身動きできない苦痛、
ずっとあおむけで寝ていることからくる腰痛で、一睡もできなかった。
「手術はうまくいった。」「腫瘍はきれいにとれた。」「経過は良好である。」とのこと。
切り取った腫瘍を夫と姉に見せてくれたそうだ。「梅干しのようだった。」と夫は表現していた。
前から気になっていた乳腺外科も受診できた。右胸が少し痛くて心配していたが、
診察の結果、異常なしだった。よかったぁ。
明日は、形成外科も受診する。こうなったら、心配なところを全部診てもらおうと思う。
点滴は手術後、ずっと続いていたが、今日で終わり。その代わり、飲み薬をドッサリもらった。
今日はなんと、異動の内示の日だった。
午後4時30分、M中へ電話した。(そういえば、去年も電話で内示を聞いた。長野で。)
異動は・・・、なかった。いいのだ、これで・・・。
午後、入浴の許可が出た。傷口を濡らさないように気をつけて入った。
親戚の他に、友人、同僚もお見舞いに来てくれた。
耳鼻科のM先生が、病棟で傷口の処置をしてくれた。
明日、抜糸。経過がよければ、明後日、退院できるとのこと。
今日も、お見舞いに来てくれた人が多数。私のために、仕事を休んでまで・・・。ありがたい。